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月の欠片
      (かけら)

月の欠片−1



解き放たれた夏の日
ルームメイト




 ギラギラと照りつける太陽の下(もと)大きな荷物を抱(かか)え、額(ひたい)から絶え間
なく流れ落ちて来る汗をひたすらハンカチで拭(ぬぐ)いながら、流似花(るいか)は薄桃
色のタチアオイの咲く坂道を必死に暑さと戦いながら上って行く。

  蛎崎流似花(かきざき るいか)22歳。
髪の長さは肩までのセミロングで、多少色黒のほっそりとした目鼻立ちのハッキリとした顔
で美人の部類に入る面差(おもざし)をしている。
 そんな流似花の服装はと言うとつば広のキャスケットを目深(まぶか)に被(かぶ)り、洗
いざらしのシワ加工を施(ほどこ)した清潔な白いブラウスと長く細い足にマッチした程好く
色落ちしたブルージーンズに履(は)きなれた風のサンダルである。

 何故流似花はこんなに暑い日だと言うのに大きな荷物を抱(かか)えて一人でこんなトコ
にいるのかと言えば理由は簡単である。目的地の一駅手前の駅までつい今朝(けさ)まで
流似花の彼氏だった6歳年上の吉沢慧(けい)に車で送って来て貰(もら)ったからだっ
た。どうせならば最後まで責任を持って送り届けてくれたならば良いのに。と流似花はジリ
ジリと容赦(ようしゃ)なく照りつける太陽の日差しと重い荷物に苛立(いらだ)ちを覚えて
思わず
『アイツは元々そう言うヤツだったのよ。見抜けなかった私が悪かったのよ』
と腹立ち紛(まぎ)れに悪態をついた。
『しかも何故にアイツはこんな中途半端なトコで私を降ろすのよ。どうせならば最後まで送
ってくれるのが道理って言うもんじゃないのよ。まったくもうなんであんなヤツなんかと出会
ってしまったかなあー?』

 どうして元カレが一緒にこうして途中までとはいえ荷物を運んでくれたのかと言えば、そ
の理由はこうである。まっ早い話が流似花は今日同棲(どうせい)をしていたその吉沢慧
(けい)と別れたのでその吉沢慧(けい)のマンションから追い出されてしまったのだ。つま
りは吉沢慧(けい)は流似花の元彼なのである。でその元彼が最後のお情(なさ)けでもっ
て流似花が次に住む事になるマンションの近くまで車で荷物を運んで来てくれたのであ
る。しかも自分が用事で出かける目的地の途中の駅まで。
  重い荷物を目的地まで運んでくれるほど元彼には流似花に対する思いがもはや残っ
てはいなかった……単純に言えばそう言う事なのだ。

 取り合えず流似花は学生時代の女友達の所の吉沢蓮音(よしざわ はすね)の元に身を
寄せようと思い立ち、およそ2年振りに連絡をして見たら、心良い返事を貰(もら)えたの
で、こうして今次の生活の場である吉沢蓮音の元へと急いでいるのである。

 吉沢蓮音も流似花と同い年の22歳で、蓮音とは学生時代にしていた某(ぼう)デパート
のビーズショップの売り子のバイトで知り会った。
 吉沢蓮音は流似花とは対称的に肌の色が白くどこか儚(はか)な気な印像を与える
楚々(そそ)とした感じのかわいい人だった。
 でもお互いに話をして見ると驚くほどに考え方やものの価値観が似ていた。そんな風だ
ったからすぐに二人は仲良くなった。そして何処(どこ)へ行くのも何をするのも一緒で学
生時代の日々はそうして何事もなく幸福(しあわせ)に穏やかに過ぎて行ったのだった。
 二人共手作りが好きで趣味と実益を兼ねてのこのバイトがとても気に入っていた。
しかし卒業と同時に蓮音は安定を求めて某(ぼう)企業に就職し、まだ自分のしたい事の
定まっていなかった流似花はそのまま同じ所でバイトを続けていてと二人はそれぞれ別
の道を歩み始めていたので、お互いに毎日の忙しさに紛(まぎ)れてしまいこの2年程は
連絡も取り合ってはいなかった。

 暫(しばら)くすると遠くで手を振る懐かしい蓮音の顔が見えた。
多少髪が伸びた他には何も変わる事のないその穏(おだ)やかで少し影のある微笑みは
流似花の心をホッとさせた。

 開口一番に流似花の口から息も絶え絶えに漏(も)れた言葉は
「蓮音ご無沙汰です。元気にしてた?」
と言う学生時代と変わらずの蓮音に対する親しみを込めた言葉だった。
蓮音は流似花の言葉を受け答えた。
「流似花は全然変わってない。あの頃と同じままだね。今の時代変わらないって事は貴重
な事かも知れないよ」
と蓮音は流似花に暖かい眼差しを向けながら言った。
「うん、ありがとう。蓮音は髪がだいぶ伸びたね。イメチェンなのかな?」
蓮音は髪の毛に何気なく手を当てて「ううん、理由なんてないよ。ただ美容院に行くのが
面倒くさくって行かないでいたら伸びてしまっただけなの」
と蓮音は照れながら言って流似花に再び問う。
「学生時代のそれぞれの旅立ちから、いったいどれ位の時が経ったんだろうね。あっ荷
物重いでしょ。私幾つか持ったげるよ。」
と、そこで蓮音は流似花の荷物を持ち、二人は肩を並べて仲良く坂道を歩き始めた。
「ホントに学生時代の友達って良いよね。なんか何年離れて暮らしていても、こうしてすぐ
に学生時代と変わらない打ち解けた空間が出来てさ」
「そうだね、やっぱりお互いにピュァなままで知り合って、お互いに打算のない関係で友
達になれたからだと思うな」
と2年振りの再会をそれぞれが懐かしみそして喜び合った。

  「さあ流似花着いたわよ。疲れたでしょ。足を伸ばしてゆっくりしててね。何か冷たい飲
み物を持って来るわね。あっ流似花はレモンティーが良かったんだっけね」
と言うと蓮音はリビングのエアコンのスイッチをつけてからキッチンへと消えた。

 流似花は初めて入る蓮音の部屋の隅々を見て、堅実な蓮音らしい家具の選び方に感
心をしていた。飽(あ)きのこない一生物を思わせる家具の渋い色合いといい、洗練され
たデザインといい、そのどれもが見事にしっくりとこの部屋にマッチしていた。
 「さあ喉(のど)が渇(かわ)いたでしょう。どうぞレモンティーを召し上がれ
「おー蓮音ありがとう。早速頂くわ」
蓮音の出してくれた冷えたレモンティーを飲んだ瞬間、レモンティーが心地良く喉(のど)
越しに染(しみ)み渡り大げさではなく本当に心から思わず生き返る思いがした。
一息ついて大分落ち着いてから流似花は
「あの坂道ってどれ位の距離があるんだか知らないけれど、運動不足の体には流石(さず
が)に堪(こた)えるわね」
としみじみと蓮音に言った。
「あはははは。今日は始めてだったからよ。そのうち慣(な)れるって。22歳の若者がなー
に言ってんだか」
と蓮音はさも可笑しそうに笑った。 

 「ねえ、ねえ、それにしてもこの部屋の家具って高級品ばかりで中々センスが良いよ
ね?なんで?」
と言うと
「ああそれね、私の兄が家具のデザイナーをしていて、試作品を無理やり押し付けられて
しまうのよね。つまりは此処(ここ)にある家具はみ〜いんな兄のいわば何処(どこ)に行く
あてもない試作品ばかりと言う事なの。タダだからありがたあーく貰(もら)い受けているだ
け」
と蓮音は事もなく言ってのける。
「あっでもこれだけの家具を自分で揃(そろ)えるとなると、金銭的には大分かかるんだ
し、随分経済的には助かっているよね?」
と言うと
「まあね」
と蓮音は軽く答える。
「此処(ここ)はメゾネット式になっているから流似花はこの階段の上の部屋を使ってね」
と言うと蓮音は流似花を上の部屋に案内して行った。

 メゾネット形式と言うのはマンションでありながら上下2フロアを1住戸として使用出来る
建物で、トイレも洗面台も上下それぞれにあり住戸内にある階段で自由に行き来が出来
る。

 途中で
「此処(ここ)がおトイレでその隣りが洗面所になっているからね」
と蓮根は丁寧に説明をしてくれた。
「お風呂は下のキッチンの横にあるわ。少し落ち着いたらなるべく今日は早めにシャワー
を浴びてしまってね。その後私が用意をして置いた夕食をゆっくりと一緒に食べながら朝
までかけてお互いの今迄の事を語り合う事にしましょう」
「はいお言葉に甘えさせて頂きます」

  シャワーを浴びて出て来た流似花は髪の毛にバスタオルを当てて、シャンプーをした
髪をやさしくいたわるようにして丁寧に髪の雫(しずく)を押さえていた。
「あら洗面台にドライヤアーがかかっていたでしょうに」
と蓮音が言うと
「良いのよ、気にしないで。パーマや毛染めで髪が大分痛んでいるんで、最近はもっぱら
このように自然乾燥をしているのよ」
と言いつつテーブルの上を覘きながら流似花は
「ううわあーすごーい!!!コレ全部蓮音が作ったの?」
と感嘆の声を上げた。
 テーブルの上には彩(いろど)り良くオードブルが並べられていた。しかもどれもが美味
しそうで手が込んでいるような物ばかりであった。
「あら種明かしをしたらどれも全部誰にでも出来てしまうごくごく簡単な物ばかりなのよ」
と蓮音は至って兼虚に答えた。
「まあ〜たまた蓮音ってばえらく控(ひか)えめなんだから。これじゃすぐにでもお嫁に行
けそうだわね」
と流似花が言うと益々蓮音は照れた。

 「それより蓮音私手持ちぶたさなんだけれど何か手伝う事はない?」
と流似花は蓮音に尋(たず)ねた。
すると蓮音は暫(しばら)く考え込んでから
「そうねえー?じゃこのお皿とグラスをリビングに運んで貰(もら)える?」
「うん解った。でも3人分だね。誰か他に来るの?」
と流似花が何気なく聞くと
「うん。家具のデザインをしている誄(るい)兄さんなの。流似花の事を話したらまたタダで
試作品の家具をくれるんだって」
と蓮音も出来たお料理をリビングに運びながら話してくれた。
「えっホント?ラッキィどんなセンスのある家具なんだろう?わあー蓮音私何だかワクワ
クしてきちゃったよ」
と流似花は突然の事に驚きそして又喜びを隠せないで素直にそう叫んだ。
 すると
「ピンポ〜ン」
と玄関でチャィムが鳴った。
「は〜い」
と元気な声で蓮音は答えて小走りに玄関へとかけて行った。
まずは用心をしてガチャリとドアチェーンをしてからドアホンの受話機を取って
「どなたですか?」
と蓮音は律儀に尋ねてキチンと相手を確認してからドアチェーンを外しドアを開けた。
「おう蓮音お前の友達はもう来ているのか?」
と首を長くしてリビングの方を覘(のぞ)き込んだ。
「あのう私今日からお世話になります。蓮音さんとは学生時代からのお友達の蛎崎流似花
(かきざきるいか)と言います。これからはどうぞ宜しくお願い致します」
 と言って顔を上げた途端に目の前に現れたのは今日別れた元彼の顔であった。
「えっえー慧(けい)なんでアンタがこんなトコにいるのよ?
と流似花は驚きの声を上げた。
「えっ?慧(けい)ってもしかしてアナタ慧(けい)の何番目かの恋の餌食(えじき)の
女?」
「って何?慧(けい)兄さんの彼女だった人?なんだ。お気の毒に。今度はいったい何ヶ
月もったんだい?」
と哀れみの目でジロジロと流似花を興味深かそうに見つめた。
「ちなみに俺は双子の弟の誄(るい)の方なんだけれど……」
「えー蓮音聞いてないよおー蓮音のお兄さんって双子だったの?しかも私の元彼が蓮音
のお兄さんだったなんて?……グスッ……なんて皮肉な運命なの???」
と流似花はただその場にボーゼンと立ち尽くすのだった……。

  「おい蓮音(はすね)、流似花(るいか)さんって慧(けい)アニキの彼女だったって知っ
てた?」
とリビングに座りテーブルの上に並べられていた、オードブルの一つであるカナッペを一
つ摘(つま)んでそれを口に頬張(ほおば)りながら誄(るい)は言った。
「ううん、まだよ。私も今それを聞いてびっくりしたトコよ。だって流似花はさっき此処(こ
こ)に着いたばかりで、色々な話はこれからするところだったんだもの」
と蓮音が言うと
「ふ〜ん。だろうね。さっきのあの驚きようは……」
となんか複雑な心境を隠せずに誄(るい)がポッリと言った。
 
  其処(そこ)へ心なしか放心状態の流似花がリビングに頭を抱(かか)えて入って来
た。
「あーあやっとの思いでアイツから逃れて来たと言うのに、一息ついたら再びアイツと出く
わしたのかと思ったらこれでまた寿命が軽く10年は縮まったわね」
と本当に一瞬で疲れがぶり返したような面持(おもも)ちで流似花は蓮音の横の席に座っ
た。
  すると不意に誄(るい)は思い出したように不思議そうに流似花に尋(たず)ねた。
「ちなみに蓮音と慧(けい)ってさ同じ名字なんだけれど、その点は何も感じなかった
訳?」
「うん。同じ名字ってこの世の中にはいっぱいあるしその事に関しては別段何も思わなか
ったわ」
と流似花は答えた。
すると誄(るい)は
「ふーん」
と納得して次の質問へと移った。
「それにしてもなんでよりによって慧(けい)兄さんとなんか知り合ったのさ。アイツは仕事
は出来るし頭も良いけど女グセが悪いんで、しょっちゅう女と揉(も)めてはトラブルを起こ
していて、家のオヤジに迷惑をかけどうしでそんな慧(けい)にオヤジもホトホト手を焼いて
いるんだ。まっもっともアイツはそんなトコがオヤジ自身に似てるんだけれどもね」
と誄(るい)はそこまで一気に言うと生ビールを一口飲んでからまた更に話の続きをした。
「それで俺達の前のオフクロはとうとうそんなオヤジに愛想をつかして出て行っちまったっ
て訳。まっ血は争えないってヤツさね。でも慧(けい)はそんなオヤジに良く似たトコがあ
るからオヤジは慧(けい)にものすごーく甘いトコがあるんだ。ところでアイツとは何処で知
り合ったのさ?」
と流似花の方を見ながら言った。

  すると流似花は
「うん、たまたま私がバイトをしていたビーズショップに彼女と来ていて、突然ケータイの番
号の書いてある紙切れをそっと渡されたんだけれど、コイツ彼女ちゃんといるのになん
で?と無視していたら、バイトの帰りに待ち伏せされてそのまま飲みに無理やりつれて行
かれてただなんとなーく付き合っちゃったって感じかな」
と流似花が答えると
「うっへーそれじゃ慧(けい)アニキと同類じゃん。なんて流似花さんって節操(せっそう)
のない人なんだ。そんなんで良くこんな真面目を判で押したような性格の蓮音と友達にな
ったね?俺には解らん???」
するとすかさずに流似花は
「実は私にも良く解らないんです。まっ早く言えば若気の至(いた)りってヤツとでも申しま
しょうか……」
と力なくうな垂(だ)れて答えた。
 「あはははははっ若気の至(いた)りかあーこりゃ良いや
と誄(るい)は何故か受けまくり突然に笑い転げた。
そんな誄(るい)を見て流似花は
『そんなに笑わなくても……』
と心の中で思いながらホッペをプクーっと膨(ふく)らませて唇(くちびる)を尖(とが)らせ
ながら突然に話題を変えた。
「ねえ誄(るい)さんと慧(けい)って一卵性双生児だよね?だって顔まったく一緒だもん
ね」
と言った。
「うんそうだよ。一卵性双生児だから顔はまったくの一緒。でも性格はほぼ正反対って言
っても良い位違うね」
とキッパリと言いきった。
すると流似花は誄(るい)の顔をマジマジと見つめてポッリと言った。
 「あのおー誄(るい)さん突然なんですがその慧(けい)と同じヘアスタイルを変えて頂け
ませんか?なんかあなたを見ていると慧(けい)を見ているようで、ムショーにムカつくんで
すよね。それに心なしか動悸が激しくなって来て体にも良くない気もして来るし……」
と言った。
すると誄(るい)は半(なか)ば呆(あき)れ気味に流似花の顔を見つめながら
 「へっ?なんとまあ驚く事にそんな訳の解らん事を唐突に……」
と一言呟(つぶや)いて誄(るい)は言葉に詰まってしまった。
すると慌てて流似花は言い訳をした。
「ごめんなさい。誄(るい)さんには何も罪はないんだし、今の私の発言はなかった事にし
て忘れてしまって下さい」
と流似花は益々自滅して行きシドロモドロになりながらも一層リビングの空気はどんよりと
淀(よど)んでしまうのだった。
 なんか3人は気まずい空気の漂うリビングで、それぞれに次の言葉を見つけられずに、
ただ所在なげにテーブルにある食べ物をお箸(はし)で摘(つま)んでは口に運んでい
た。

 すると誄(るい)が突然思い出したように言葉を発した。
「あっそうだ忘れていた。新作の家具があるんだった。今車に載せているんだ。会社の営
業用の車を借りて載せているから、すぐに車を会社に戻しに行かなきゃならなかったんだ
っけ。蓮音俺今此処(ここ)に持って来るよ」
と言うと誄(るい)は席を立ち上がって外へ出て行ってしまった。
「えっ家具って一人で持ってこれるの?」
と流似花が言うと蓮音は
「うん。組み立て式だからバラバラにしてあるのを何回かに分けて運ぶのよ。そして此処
(ここ)で組み立てて完成させるの」
と言った。
「ふ〜んそうなの?」
と流似花はキョトンとして解ったような解らないような曖昧(あいまい)な言葉を発した。
  暫(しばら)くすると大きな包みを抱(かか)えた誄(るい)がリビングに入って来て、
「今回は上で組み立てるね」
と言ってメゾネットの階段を登って行った。
それから何回も階段を往復しては家具の材料を運び、一人で家具を黙々と組み立て始
めた。

 下のリビングで流似花と蓮音はようやくゆっくりと会えずにいた2年余りのお互いの事を
語り合い始めた。流似花は相も変わらずに蓮音と出会ったバイト先で働いていて変化の
ない仕事をしている事や、かつての共通の上司のその後の事とかを事細かに話して聞か
せた。蓮音は興味深そうな顔で、時折り微笑みながら感心したように流似花の話に頷(う
なず)き熱心に聞き入っていた。
「へーあの人結婚したんだ。しょっちゅう結婚なんて言っていたくせにね」
「そうなのよやっぱり田舎のお母さんには逆らえなくってお見合いして、まあまあの人だか
ら妥協したんだって言ってた。やっぱ女は25歳を超えると損得を自然に考えるようになっ
てしまうものなんだってさ。北川さんが流似花も25歳を過ぎたら確実に解るって力説して
た」
「そうかあーあと3年もしたら私達もそう言う心境になってしまうのかしらね?」
と感慨深そうに蓮音は複雑な表情をした。
 すると流似花は
「まあまっ一杯
と蓮音にビールをコップに注ぎつつ
「今夜は飲み明かしましょう
とどんどんと勧めるのだった。
「私あんまり飲めないよー」
と言いながらも蓮音はいつもより確実に飲んでいて、しまいにはほんのりと頬(ほほ)を染
めて目がトロンとして来ていた。どちらかと言うと蓮音はあまりお酒が強い方ではない。む
しろ流似花の方が酒豪に近い。
 そして堅実なOLになった蓮音もまたビールの助けもあってか日頃の色々なグチを流似
花に解りやすく話して聞かせてくれた。まあお互いに2年余りの事だから、目立った変化
はなく淡々と日々を送ってきた事が手に取るようにお互いの話だけで解ったのだった。
 そんなお互いの話が出尽くす頃
「おーい家具が完成したぞおー見に来いやあー」
と上で誄(るい)が叫んだ。
すると蓮音は
「出来たってさ見に行こうよ
と流似花に言い2階の部屋へと続く階段を二人して登って行った。
  「見に来たよおー?」
と言う蓮音の声はもう完璧に酔いが回っていていつもより少しハイな感じである。
「おー蓮音珍しく今日は酔っているじゃんか?」
「そーだよおー私は酔ってるよおー。だって学生時代の親友と久し振りに会えて嬉しいん
だものねえー流似花あー」
と蓮音は本当にヤバイ位に酔っていた。
「うおーこれまた渋い家具すっねえー」
と流似花は言った。
「これまたおっさんみたいな反応を示してくれてありがとうよ」
「えへへへ私もちょくら酔ってるかもおーです。許してくらはいませえ〜〜〜」
と流似花はちょっぴりおちゃらけて言った。
「あははははたまには良いさあー」
と誄(るい)もふざけ気味に答えた。
「じゃあ説明するね。見ての通りこの家具は3点セットです。し・か・もこれにはカラクリがあ
るんですよおー。まずココを開けます。するとジャ〜ンまたその奥に引き出しがあるんで
すねえーココに貴重品なんかを入れると良いと思われますう〜〜〜」
「おーすんばらしい!!!パチパチパチー」
と流似花は益々調子に乗ってきて言った。そして更に興味深々と言う風に誄(るい)に聞
いた。
「ねえコレって何ですか?」
となにやら小さく丸い物を目敏(めざと)く見つけた流似花はそれを小首をかしげて不思
議そうに見つめて尋(たず)ねた。
「ああソレ実はこうなるんだよおーん」
と言ってその小さく丸い物の脇にあるボタンを押すと急に小さく丸い物の中からグィ〜ン
と小さな予備の折り畳み式の棚(たな)が出て来た。
「結構コレって便利っぽくない?」
と誄(るい)が言うと
「さあ??????使ってみない事には何とも言えないわね」
流似花と蓮音はお互いに目を合わせて、両腕を中ほどまで上げるポーズを取り肩をすく
めた。
「あっそう。やっぱりダメか。会社の上司とまったくおんなじ反応だぜ」
と誄(るい)はガックリと肩を落とした。
「まっとにかくこの家具は流似花さんに進呈しますので大事に使ってやって下さい」
と言うと慌てて腕時計を見て
「あっいっけねえーもうこんな時間だ。会社に車を返しに行かないと。蓮音俺もう帰るわ。
じゃ流似花さん、蓮音と仲良く暮らしてやってな。また俺遊びに来るわ」
と言うとダアーっと階段を駆(か)け下りて行ってしまった。

  「誄(るい)兄さんも帰ってしまった事だしさあ〜て私達も寝る事にしましょうか。このソフ
ァを倒してベットにして、このクローゼットの扉を開けてそしてココに入っている布団を出し
て敷いて寝てね。あっパジャマとかは持っているよね?」
「うんありがとう。マイパジャマは持って来たよ。あっ蓮音私3日間お休み取ってるから、明
日はゆっくり寝かせて貰(もら)うね。じゃおやすみなさい
 「明日は土曜日だから私も会社が休みだしゆっくり寝てる事にするわ。なんか今日は久
し振りに酔ったからぐっすりと眠れそう。じゃ流似花おやすみなさい」
と言って蓮音は階段をゆっくりと降りて行った。
そして早速眠い目を擦(こす)りながら蓮音は一人淋しくリビングのテーブルに散らかし放
題にしてある物をかたずけ始めた。何気なく壁に掛かっている時計を見るともうすでに時
計の針は夜中の2時を指(さ)していた。

 流似花は早速ソファを倒しその上に蓮音が用意をしてくれていたふっくらとした日の匂
いのする布団を敷いた。そしてその上にしっかりと糊(のり)を効(き)かしたシーツを敷き
綺麗(きれい)な花柄の涼し気な水色の夏用の羽毛布団を掛けた。 そして流似花はマイ
パジャマに着替えるために窓のカーテンを閉めようとして空を見上げると、空には上弦の
月がポッカリと浮かんで見えた。
『あの月の欠けは時が来ればやがて自然に丸くなるけれど、私の心の中にある月はいつ
まで経っても欠けたままだわ。私のこの心の月の欠片を埋める事が出来るのはいったい
何時の事なのだろう?』
と暫(しばら)くは独り空を見つめておセンチになっていたれけど、急に眠気が襲ってきた
ので静かにカーテンを閉めて、マイパジャマに素早く着替えてベットに飛び込んだ。
「わあーふっくらとしてすんごく気持ち良い〜〜〜」
太陽の光をうんと浴びた布団や清潔なシーツにこうして包(くる)まると蓮音の愛情がたっ
ぷりと込められているような気がしてなんか流似花は益々嬉しくなってしまうのだった。
「う〜ん今夜は良い夢が見れそう」
とベットに寝転んだとたんに流似花はたちまち睡魔が襲ってきてそのままグッスリと寝入っ
てしまった。


月の欠片
         

月の欠片−2

変わりゆく私
心地良い空間
 

  翌日流似花が遮光(しゃこう)カーテン越しの緩やかな日差しの中で目覚めたのはもう
すでにお昼の12時過ぎだった。
「う〜んなんかちょっぴり頭がガンガンするなあー?」
と頭を抱(かか)えながらゆっくりと部屋を見渡すと視界にはボンヤリと今迄住んでいた自
分の部屋とはまったく違う空間が広がって見えた。
 暫(しばら)くそのままベットに起き上がりボンヤリと部屋を見渡していると次第に昨夜(ゆ
うべ)の記憶が甦(よみがえ)ってきた。
 『あっそうだココは蓮音のマンションだったんだ私昨日からこのメゾネット式の蓮音
のマンションで一緒に暮らさせて貰(もら)う事になったんだっけ。でもって昨夜(ゆうべ)
蓮音と久し振りに会ったものだから積もる話をしながら飲み過ぎてしまったんだった』
 流似花はベットから起き上がると布団をたたみクローゼットに仕舞いパジャマを脱いで、
昨日持って来た淡いオレンジ色のラフなティシャツと薄茶のコットンパンツに着替えた。
  そしてカーテンを開けて外を眺めて見ると窓の外には青い空に入道雲がポッカリと浮
かびそよぐ風にゆっくりと身を任(まか)せていた。窓の下には淡いピンク色をしたタチア
オイの花やひまわり、サルビヤの花、そして色とりどりに咲き誇るかわいいポーチュラカの
花々が綺麗(きれい)に咲いているのが見えた。それらの花を見て流似花は思わず大きく
伸びをした。
「う〜ん気持ち良い外の眺めはバツグンだわ
と言い白いレースのカーテンだけを再び閉めるとリビングへと続く階段を降りて行った。

  すでにもう蓮音は起きていて調度リビングのテーブルの上に淡いピンクの芙蓉(ふよう)
のお花を活けているところだった。蓮音は昔からいピンク色が好きなのでピンク色の花を
好んで部屋に飾る習慣があると話していた事を思い出した。
「おはよう蓮音。芙蓉(ふよう)の花ものすごーくキレイね
と言う言葉に蓮音は
「あっ流似花おはよう昨夜(ゆうべ)は良く眠れた?」
「うん。おかげさまで今迄グッスリ眠れたわ」
「ねえお腹は空いていない?」
「ううん昨日いっぱい食べ過ぎたからまだお腹は空いてないわ」
「じゃレモンティーだけにしましょうか?」
「うんそうしてくれる。その前に私歯を磨いて顔を洗って来るわね」
と言うと流似花は洗面所に向かった。
軽くお化粧をしてリビングに戻ると間もなく玄関でチャイムが鳴った。
「ピンポ〜ンピンポ〜ン
「は〜い
と言って蓮音はドアホンの受話機を取った。
「どなたですか? 」
「あっ俺誄(るい)」
「あっ誄(るい)兄さん今開けるわ」
と言い蓮音はドアチェーンを外しドアを開けた。
「あっらあーそのヘアスタイル」
と蓮音が言うと
「あっ似合う?」
蓮音は
「う〜んビミョー」
と答えた。
「流似花さんこんにちは昨日はどうもですう〜」
「あっ誄(るい)さんこんにちは。こちらこそ昨日はステキな家具まで頂いちゃって。ほんと
うにありがとうございました」
と言いながらヘアスタイルを見るなり
「あーヘアスタイルが変わってるー」
と大きな声を出した。
「これなら少しは慧(けい)と区別がつくと思ってね」
と誄(るい)は照れながら言った。
「うん。うん。慧(けい)と全然違って見える。なんか不思議。へえー髪型を変えると双子で
もこうも違って見えるものなんだ。なんだか『目から鱗(うろこ)がボロボロ落ちて来た気分』
です私」
と流似花は感心をしながら改めてマジマジと誄(るい)の顔を見つめた。そしてニッコリと
微笑み流似花は言った。
「やさしいんですね誄(るい)さんって」
「いやそれほどでも」
と言いながらも誄(るい)は満足気な顔でリビングのソファに座った。そして
「ねえ蓮音。今日良い天気だからこれから何処(どこ)かに3人でドライブに行かない?」
と言った。
「うん良いわね。流似花はどう?」
と蓮音は流似花に聞いた。
すると流似花は
「モチ行くわよおー連れて行って!!!
「よし決まり。じゃ二人共支度(したく)をして来てくれる?俺車の中で待ってるから」
「OK
と二人は言うとそれぞれに自分の部屋に消えた。

  全体的におしとやかな雰囲気をかもし出している蓮音は、手にかわいい籐(とう)のバッ
クを持ち小花柄の薄ピンクのワンピースに白いレースのボレロをはおって小さめのコサー
ジュのついた籐(とう)の帽子に底の厚い編み上げのサンダルを履(は)いていた。
  一方流似花はと言うと白のティシャツの上にオレンジ色のジョーゼットの上着を着て黒の
コットンパンツを穿(は)いて、そして籐(とう)のサンダルに自分が作ったビーズの出目金
やコサージュなどの小物をじゃらじゃらと付けた濃い目のグレーのトートーバックに定番の
グレーのキャスケットを被(かぶ)っていた。

「お待たせー」
と言って外に出て見るとパールホワイトの『アルトラパン』が止まっていた。
「きゃあーかわいいラパンなんだあー私この車の形って好きなんですう〜。なんか四角
っぽいデザインがステキですよねえー」
と流似花が言うと誄(るい)は
「俺はまだ稼ぎが少ないから軽しか乗れないからね」
と言った。
すると流似花は
「いやあーこれで充分ですって。ねえー誄(るい)さん後で私にもちょっぴり運転をさせて
貰えませんか?」
「えっ?流似花さんって免許を持っていたの?」
と誄(るい)は驚いて聞いた。
「はい高校を卒業してすぐに免許を取りました。でも今迄運転をする機会がなかったので
お恥かしい事に免許を取って以来からのペーパードライバーなんですよ」
と流似花が答えると
「あはははは。そうなんだ。じゃ後で運転してみなよ」
「はい。ありがとうございます」

 車は郊外を出て窓の外には次第に田園風景が広がり始めた。
すると突然に誄(るい)は
「この辺からは一直線だから運転がしやすいと思うし運転をして見る?」
と言った。
「はい。お願いします」
と言って流似花は後ろの座席から運転席へと移った。
「おー運転をするのなんて5年振り位って事になるのねえー。ホントに私大丈夫なのかしら
ん?」
とつぶやきつつも道がまっすぐだったので流似花の運転は暫(しばら)くは順調だった。
「う〜ん結構この調